古くから日本の葬儀に根付いてきた、墨と筆で名前を記す「記帳」の文化。しかし、デジタル化の波は、この最も伝統的と思われた領域にも、静かな、しかし確実な変化をもたらしています。効率化と利便性を求める現代社会のニーズは、葬儀の受付風景をどのように変えていくのでしょうか。近年、一部の先進的な葬儀社や、大規模な葬儀で導入され始めているのが、「タブレット端末」を使ったデジタル記帳システムです。参列者は、紙の芳名帳の代わりに、受付に置かれたタブレットの画面にタッチペンや指で署名し、住所などの情報を入力します。このシステムの最大のメリットは、何と言っても「効率化」と「データ管理の容易さ」です。手書きの文字は、どうしても個人差が大きく、後でご遺族が読み解くのに苦労することがありました。しかし、デジタル入力であれば、文字は鮮明で読みやすく、入力されたデータは即座にリスト化されます。これにより、葬儀後の香典返しの宛名作成や住所録管理といった、ご遺族の事務的な負担を大幅に軽減することができます。また、受付の混雑緩和にも繋がります。さらに進んだ形として、事前にご遺族から送られてきたQRコードを、受付の端末にかざすだけで記帳が完了する、というシステムも登場しています。参列者は、自宅でスマートフォンから必要な情報を登録しておけば、当日はQRコードを見せるだけで済むため、非常にスムーズです。しかし、こうしたデジタル化には課題もあります。最も大きな懸念は、高齢の参列者への対応です。タブレットの操作に不慣れな方にとっては、デジタル記帳はかえってストレスになりかねません。「やはり手で書く方が落ち着く」という声も根強くあります。そのため、デジタル記帳を導入する場合でも、従来の紙の芳名帳を併設するといった配慮が当面は必要となるでしょう。また、システムの導入コストや、個人情報のセキュリティ管理といった問題もクリアしなければなりません。効率や便利さは、確かに魅力的です。しかし、一文字一文字に心を込めて名前を記すという、手書きの行為が持っていた「弔意の表現」としての重みが、デジタル化によって希薄になってしまうのではないか、という懸念も残ります。便利さと伝統、効率と心。変わりゆく葬儀の記帳のかたちは、私たちに、弔いの本質とは何かを、改めて問いかけているのかもしれません。